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【歴史探訪】 高山村堀之内にある御判屋 [歴史探訪]

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 このところ高山村桜回廊巡りを重ねたので、調子に乗って、今回は歴史的な遺物について書いてみます。高山村には、福島正則の荼毘地跡とか、屋敷跡などがあるのですが、それらが何処にあるか、迷いながら探していた時に偶然出会ったものです。

 それは「御判屋」と言われるもので、江戸時代初期に、幕府が、庶民にお定めを周知徹底し、以て徳川の威光を知らしめる為に、交通の要所など、全国津々浦々に設置された(現代風に言えば)掲出板のことです。高札または高札場と言われました。高山村堀之内の正則の屋敷跡から下った三叉路にそれはあります。

 それなりの古さだったので、江戸時代のものがそのまま残って居るのかと思ったのですが、[昭和10年ころまでは存在したらしいのですが]、故あって、競売に付され、その数年後に取り壊されてしまったという事です。しかし昭和59年に、今まであったものを忠実に再現したのだそうです。平成21年高山村文化財に指定され現在に至る。

 御判とは、歴史民俗的用語で、印判や花押を敬った表現で、お代官様の平民に下されたお定書き押されていた、それが押されているものが掲示されているので、「御判屋」という言い方になったのだろうと思う。この御判屋は結構現存していて、川田宿や、海野宿でもみかけました。

   季節外れの動画だが、その時撮った動画を添付します。

   御判屋 信州「長寿の里高山村」の堀ノ内地区にある「御判屋」
   https://youtu.be/L48TGgdhNxk


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