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長野電鉄 河東線松代駅は、配線・廃駅となったが、駅舎は残り、辛うじて昔の面影を残している! [長野電鉄]

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 長野河東線(屋代線)は大正11年に開業したが、乗降客の激減により、平成24年4月を以て廃線となった。松代駅もそれに伴い廃駅となる。現在その生命線となる「線路」も全て撤去¬されてしまいました。線路の無い駅と言うのは誠に以て何とも寂しい限りです。駅舎はそのまま残されているが、傍にあったスーパーマーケットも撤退しており、駅周辺の活気もまた削ぎ落とされてしまった。

 松代はNHKの大河ドラマ「真田丸」の舞台[上田から転封]となっている町です。駅の直ぐ傍に海津城があります。駅舎入り口に童謡「汽車ポッポ」の碑があります。作曲を手掛けた草川信の生まれ故郷です。

 長野電鉄 松代駅 廃駅となり寂しい風景 マツヤも撤退してしまった!
 https://youtu.be/5ptRdTLvSBg ←廃駅後の松代駅の動画です。クリックしてご覧ください!

 
 松代駅を語る上で忘れてはいけないのは、松代大本営に関わりがあったという事です。駅から南へ約1km行ったところにあります。太平洋戦争が激化し、東京が攻撃をされることを想定し、ここ松代に、天皇や、最高統帥機関(大本営)を移すという構想が立てられ、昭和19年から実際工事も始められました。

 その際工事の資材を運び入れる敷設されたのが貨物荷役引込線です。[本来の駅の機能に比べてそれに似合わぬ規模でした]工事は急ピッチで行われましたが、終戦により、完成を見ずに終了となりました。住民は松代駅にやってくる貨物電車の多さや、大量に着けられた資材を見て、「天皇様が松代に来る」と囁いたそうです。この貨物引込線路は外されてしまいましたがスペースはそのまま残されています。

 小生は河東線を利用したことは、1回しか経験がありませんでした。知人宅を訪ね、須坂に帰る時に利用しましたが、1時間に1本は電車があるだろうと思って駅に向かったのですが、なんと[昼過ぎの一番乗降客の薄い時間帯であったため]1時間40分も待つ羽目になってしまいました。仕方がないので、松代の歴史的な街並みを散策して時間を潰しました。

 河東線は、JR信越線屋代駅と、千曲川の東側を通って須坂駅まで結ぶ線【[1時は志賀高原に行くために、この河東線にJRの車両を乗り入れたこともあったのですが]】でしたが、平成24年4月乗降客の激減で廃線の憂き目に遭ってしまいました。JR信越線も新幹線の開通と同時に「しなの鉄道」として新たに発足しました。

 その日は雨降りで、如何にも廃線を惜しんでいるかの様でした。小生は不覚にも、一杯飲み屋に居て不義理をしてしまいました!



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